「姉貴、何でアイツと分かれたの?」
突然オーストラリアから帰国した弟は、周囲が聞きたくても遠慮していた質問をぶつけてきた。まったく、久しぶりにあったのに、開口一番がそれなの。はあ。
「・・・うるさいわね。他に好きな男が出来たのよ。」
これは本当。でも・・・理由は他にある。それは私のプライドをひどく傷つけた。そんな話は弟にだって話すつもりはない。私は庸が好きだった。初めて顔を合わせた日、私は一方的に恋に落ちた。文学を情熱たっぷりに語るあの表情、時折見える暗く沈んだ虚ろな瞳。あの黒い瞳の闇に私は魅入られてしまったのだ。
結婚が決まった時は嬉しかったな。この世の幸せを独り占めしたみたいだった。庸はいつでも優しかった、でも優しかったのは私に感心がないから、平和な生活に波風を立てたくなかったのよね。結婚してから分かった事、庸の関心事は「文学」と「古い写真の女性」のこの二つ。庸が留守の時に写真を盗み見たけど、そこに映っている女は美人でもなんでもなく、ごく普通の女だった。悔しくって、私なりに振り向いてもらう努力はしたつもり。でも庸の目は「私」を通り過ぎて別の「何か」を捕らえようと、違う空間を見つめていた。私は諦め、他に恋人を作った。そうでもしなきゃ、今まで積み上げてきた女のプライドが崩れて「私」を保つことが出来なくなる様な気がした。
弟、忍は庸に恋している。これは間違いないわね。薄々は気がついていたけど、結婚式の時に涙を流す忍を見て確信に変わった。私が結婚するからって泣くような弟じゃあない。おねえちゃん子だったのに、両家の顔合わせの日から寄りつかなくなった。呼び方も「お姉ちゃん」から「姉貴」に変わった。まったく、姉の洞察力をなめないで頂きたいわね。こう見えても忍の事はちゃんと見てきたんだから。忍は私が気付いているのを知らないだろう。姉弟そろってあんなの好きになっちゃって。私に顔が似ている忍だったら、選びたい放題でしょうに。馬鹿な忍、馬鹿な私。
おっと、彼との待ち合わせの時間に遅れちゃう。コーヒーカップをソーサーに置き、伝票を手に取る。カフェの外に出ると夕日が落ちかけていて、辺りは薄暗くなっていた。紫色にグレーがかかって、夕日のオレンジが少し。夕暮れ時の空の色は不思議な色だなって思う。道行く人々は家路を急いでいるのか、皆早足に見える。忍はちゃんと独り暮らし出来てるのかしら?料理も掃除も出来ないのに。ふと、反対側の商店街に目を向けると、見覚えのある人影があった。あら?あそこに見えるのは庸・・・と忍だわ。スーパーの前で忍はキャベツが入った袋を下げ、庸と何か言い合っている。赤い顔をして庸にくってかかる忍。そんな忍を庸は笑いながら適当にあしらっている。なんて事のない光景なんだけど・・・わかっちゃうんだよね。庸の黒い瞳はしっかりと「忍」を見ている。ふーん、上手くいったんだ、あの二人。庸も新しい一歩を踏み出せたのは素直に嬉しいと思うけど、その相手が弟となるとちょっと複雑なのよね。まあ、他の知らない女に持っていかれるよりはマシだけど。姉のプライドがあるから今は祝福なんてしてやんない。あーやっと私の恋にも決着が着いたわけね。妙に清々しい気分だわ。立ち止まって目を瞑り胸一杯に新鮮な空気を吸い込み、大きく息を吐く。
「バイバイ、庸。」
よしっ!顔を上げて真っ直ぐ前を見る。私は恋人に会う為、駅への道を急いだ。
以前からねーちゃん話を妄想していたので、やっと形に出来て良かったです。ねーちゃん話なんて読みたい人いなさそうですが・・・。私の自己満足なんで(-_-)さらっと楽しんで頂けたら幸いです。
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