ああ、遠いな。なんて遠いいんだろう。あの背中と俺の距離は決して縮まらないんだ。追いかけようとしても、足が地面に埋まっていて動けない。どんどん小さくなっていく背中を俺はただ見つめていた。
あー、なんか嫌な夢みちった。あれ?俺いつの間に寝たんだ?えーと、メシ食って、風呂入って、宮城とヤって・・・。くそっ、今日こそは起きてようと思ったのに。セックスの後はどうも眠くなって寝てしまうのだ。もう少し会話したいんだけど、駄目なんだよなあ。目を開けるとサイドボードの間接照明の光に浮かび上がった、宮城の背中が目の前にあった。ベッドサイドに座って、本を読んでいる。声をかけようと思ったのに、上手く言葉が出てこない。じっと背中を見つめ、瞼を下ろす。目を閉じても肩から腕に流れるラインを描くことが出来る。まだ、詰め襟の学生服を着ていた頃、その背中だけを見つめていたのだから。
あの頃は何に対しても特に興味が持てず、ただ毎日を淡々と過ごしていた。家も金持ちだし、家族に問題もない。勉強も運動も人並み以上にこなせる。容姿も大学のミスコンの女王だった姉貴に似て、結構いけてる。まあ、女顔ってのは気にいらねーけど。まだ14.5年しか生きてないけど、人生こんなもんかって思っている。何の不満もない。でも、何かが足りない気がする。大事な所が欠けている様な。それが何なのかはっきりとは分からないけど、俺はいつもその足りない「何か」を探し求めていた。
そんなある日、学校のグループ課題の調べ物があってクラスメイト数人で中央図書館へ行くことになった。図書館へと向かう道、クラスメイト達はどこの組の誰が可愛いだの、ナントカちゃんは胸がでかいだの、この年頃のヤローが好きそうな話題で盛り上がっている。あんな女子の何が良いんだか。中学生のうちから化粧品に頼っていてどーすんだ?胸だってありゃ偽造だろ。てか、どーでもいい。俺がまったく発言せず、適当に相づちを打っていると
「なー、高槻の好みってどんなん?お前って自分の話しねーよな!」
好み?そんなの俺だって分かんねーよ。第一、今まで好きになった奴もろくにいねーのに。なんて言える訳もなく、笑顔を作って
「お前らが盛り上がりすぎて、入っていけなかったんだよ。あー、好みはおとなしい娘かな。」
また適当言っちゃった。でも彼等はこの無難な答えに満足したらしく、俺の好みに当てはまりそうな女子の推測を始めている。そんな彼等を少し馬鹿にしている自分と、羨ましく思う俺がいる。俺と違って毎日を有意義に過ごしている様に見えた。
金曜の夕方で、図書館は会社帰りのサラリーマンやOLで混雑している。参考になりそうな分厚い本を何冊か抱え、席を探す。周りを見渡すと古い本の山が目に飛び込んできた。なんだあれ?
「ちょっと見てみろよ!あれ凄くねえ?」
クラスメイト達も気が付いたようだ。さりげなくその本の山の前を横切って、山の主をチェックする。するとそこには20代後半位の男が独りで座っていた。口元に薄い笑みを浮かべながら本を読んでいる。うわ、キモっ!軽く退いた。他の奴らも
「おいおい、ちょっといっちゃってねーか、あのオヤジ!」
「笑ってたぜ?ありえねー。あんたの恋人はそのご本ですかー?」
などと、ヒソヒソと話している。とりあえず俺達は、その男から一番離れた席に座った。
それから頻繁に、放課後は中央図書館へ足を運んだ。もちろん、課題の資料探しに行く為なのだが・・・。するといるのだ、あのキモいオッサンが。初めは本気で気持ち悪い男だと思ったが、最近は今日は来ているかなーなんて、探している自分がいる。怖い物見たさって言うのかな?キモいのには変わりはないんだけど、つい目がいってしまう。本当に愉しそうに本を読んでいるんだよな。そんなに面白い事書いてあんのかよ?それに、なんて言うか目が優しい?本の世界に入り込んでいるあの男は、おそらく自分でも顔が綻んでいる事に気が付いていないのだと思う。それ程まで本にのめり込んでいるのだ。ページをめくる指がしなやかで綺麗。新しい本を大切な宝物の様に抱えて席に着く。本を見る眼差しがなんて温かいんだろう。目が優しい。まるで恋人に接しているような・・・。向かいの席に座ってみたいと思っても、そんな勇気はなくて・・・。本を探すふりをして、さりげなく見る事が精一杯だった。気が付くと俺は、いつも後ろの席に座ってあの男の背中をぼんやりと見つめていた。
ったく、何をやってんだ俺。こんな事していてもしょうがないって、帰ろ。席を立ってカウンターへ行き手続きを済ます。頭がぼーっとするなあ。なんであんな男の事で頭がいっぱいなんだろう?でもあの指先が、眼差しが目に焼き付いて離れない。あーなんなんだよっ!これはっ!俺は下を向いたまま勢い良く足を踏み出した。その瞬間どんっ!と自分の肩と誰かの肩がぶつかった。
「うわっ!」
バサバサっと本が床に散らばる。
「あっ!すいませー・・・」
反射的に顔を上げるとあの男が前に立っていた。身体が固まるのが分かった。あの男だ!
「あーあー、貴重な本なのに痛んじまうじゃねーか。」
しゃがんで散らばった本を集めている。はっ、俺も拾わなきゃ!固くなった身体をなんとか動かし、しゃがみ込んだ。こんなに近づいたのは初めてだ。腕が俺の方に伸びてくると、スッと煙草の匂いが鼻をかすめる。へえ、煙草とか吸うんだ。チラッと顔を盗み見る。・・・以外にかっこいいじゃん、目元にちょい皺あっけど。本を拾い終わると男は
「少年!ちゃんと前を向いて歩け、危ないぞ。」
そう言うとカウンターへ行ってしまった。なんか先生みてえ。あーでもびっくりした。心臓の鼓動が大きい。俺は、なんでこんなにドキドキしているんだ。ぶつかった肩が熱を持ってだるい。その箇所だけがジリジリといやに熱くて・・・。俺ちょっと・・・いや、かなりおかしいかも。火照る肩をさすりながら図書館を後にした。
忍ちんの片思い時代を妄想中です。あと少し続くのでお付き合い下さいませ。ブレザーもお似合いですが、詰め襟学ランに一票入れたいと思います!!!ハアハア。